Research 2-1

細胞はなぜ大きくなるのか

私たちの身体を構成する細胞は、「増える・増殖する」能力と「大きくなる・成長する」能力を有しています。身体がつくり上げられる過程において、有糸分裂により細胞が増殖し臓器や身体のサイズが増加するとともに、一部の細胞は有糸分裂による増殖を停止し、核内倍加と呼ばれる細胞周期を開始し成長・肥大します。核内倍加は生物界に広く認められており、ヒトでは健常な臓器だけでなく癌組織などの病的な組織でもよく見受けられます。では、細胞はどのようにして有糸分裂から核内倍加へと細胞周期を切り替えるのでしょうか。また、核内倍加は単に細胞のサイズ増加に寄与するだけなのか、それとも何らかの生理的意義があるのでしょうか。私たちは、これらの疑問を解き明かすべく、ショウジョウバエを用いた研究を展開しています。


細胞は核内倍加により大きくなる

最もよく知られた細胞周期である有糸分裂周期では、DNA複製期、ギャップ期、そして分裂期が逐次的に繰り返され細胞数が増えます。一方で核内倍加周期では分裂期がスキップされており、DNA複製期とギャップ期のみが繰り返されゲノムDNAコピー数と細胞サイズが増大します。身体づくりの過程において、核内倍加は細胞・臓器の機能分化と相関して進行することから、サイズ増大のみならず正常な機能発現にも重要であると予想されています。しかしながら、これまでの核内倍加に関する研究では、核内倍加の進行を制御する分子の同定が進められてきた一方で、有糸分裂から核内倍加へと細胞周期を切り替える分子メカニズムの理解は立ち遅れています。また、核内倍加へと細胞周期を切り替えることで、細胞にどのようなメリットがあるのかについても未だ不明のままです。これらの点を明らかにするために、私たちはショウジョウバエ内分泌組織である前胸腺をモデル系として以下の研究を行っています。


核内倍加を遂行する「前胸腺」とは

昆虫の内分泌組織である前胸腺は核内倍加により肥大する組織であり、幼虫個体のやや前方に位置します。前胸腺はエクジソンと呼ばれるステロイドホルモンを産生し、幼虫の脱皮や幼虫から蛹への変態を誘発します。私たちはこれまでに、前胸腺における核内倍加の役割を検証し、前胸腺における核内倍加の進行はエクジソン産生ならびに蛹化の誘導に必須あることを見出しています(Ohhara et al., 2017)。ショウジョウバエでは特定の組織において狙った遺伝子の機能を阻害することができるため、この技術を利用し、前胸腺で核内倍加の開始および進行に必用な遺伝子を阻害しその影響を観察しました。その結果、核内倍加の開始および進行を前胸腺で阻害した個体では、エクジソン産生が活性化せず幼虫で発生を停止することがわかりました。


例えば左の図に示す通り、核内倍加の開始を阻害した前胸腺は有糸分裂を継続し細胞数が著しく増加しますが、エクジソン産生が活性化せず幼虫から蛹へ移行できません。このことは、前胸腺の核内倍加が正常に進行しエクジソン産生が活性化したか否かは変態の有無により判別できることを意味しており、幼虫から蛹への変態という形態的に明確な判断基準により、核内倍加の開始・進行を司る因子、さらには核内倍加の下流で働く因子などを探索することができるのではないか、という着想を得ました。即ち、「有糸分裂化から核内倍加への切り替え」、「核内倍加の進行」、「核内倍加の下流経路」を制御する因子を阻害した場合、これらの個体は幼虫で発生を停止し、それぞれの前胸腺は「細胞数の増加」「DNA量の低下」「正常なDNA量」を示すはずです。

これらの点を踏まえ私たちは、遺伝子操作技術を用い前胸腺で様々な遺伝子をRNAi干渉(RNAi)によりノックダウンし、幼虫から蛹への変態に必要な遺伝子群を選抜しました。さらに、それらの前胸腺を観察し、細胞数とDNA量を測定しました。その結果、核内倍加の停止、細胞数の増加、といった様々な表現型が得られました。このスクリーニングを基盤として、核内倍加の開始、進行、そしてその下流経路を制御する分子機構の全貌に迫りたいと考えています。


核内倍加の開始を制御する新規因子の同定

次に、上記の研究で得られたデータを統計学的に解析したところ、ノックダウンにより細胞数が増加する遺伝子群には、TCP -1 Ring Complex(TRiC)と呼ばれるタンパク質複合体のサブユニット遺伝子が多く含まれることがわかりました。TRiCは8つのサブユニットから成る複合体であり、様々なタンパク質の立体構造と機能を正常にする役割を有しています。そこで私たちは、前胸腺におけるTRiCの機能を詳細に解析し、TRiCは有糸分裂から核内倍加への切り替えを促進する働きを持つことを明らかにしました。この研究成果は、上記のスクリーニングの成果と合わせて報告しました(Ohhara et al., 2019)。


正常な前胸腺は幼虫初期に有糸分裂を終え核内倍加によりDNA量を増加させますが、TRiCサブユニットのいずれかをノックダウンした前胸腺では、核内倍加に切り替わっているはずのステージにおいてもDNA量の増幅は観察されない一方で細胞数の増加が見受けられました。さらに、有糸分裂を抑制するFizzy-related(Fzr)と呼ばれるタンパク質が正常に働くためにTRiCが必要であることも示唆されました。TRiCはFzr以外にも様々なタンパク質の正常な機能発現に関与することから、TRiCは標的タンパク質の品質を担保し、滞りない核内倍加の開始と進行を支えていると考えられます。

TRiCやFzrは生物界に保存された因子であり、TRiCによるFzrの制御は他の生物種でも報告されていることから、TRiCならびにFzrによる核内倍加の制御機構は他の生物においても存在するかもしれません。


今後の展望 ~保存された核内倍加の機能解明に向けて~

冒頭で述べたように、核内倍加はヒトや他の高等動物でも観察されます。ヒトの場合、肝臓や巨核球といった健常組織だけでなく、癌組織において高頻度で観察されます。核内倍加により肥大した核と細胞は癌組織の病理学的特徴として古くより知られていますが、癌の発生と進行に核内倍加がどのように寄与するのかは明らかになっていません。よって本研究で得られる知見は、生物界に保存された核内倍加の役割に迫る基盤になると期待できます。